読むドラマ(議事録)

相手を知ることは、自分を知ること。
年齢も業種も異なる経営者たちが、月に一度つどう目的はただ一つ。
決して一人ではたどり着けない月面「本当の自分」に降り立つため。
これはそんな経営者たちのリアルなやり取りから生まれたドラマ(議事録)です。
(禁:無断転載)

 第132回 百年企業研究会内容(2019/10/10)

ホームページの刷新について

いくつかの連絡事項を説明したのち、蒼天がホワイトボードの前で話し始めたのは、百年企業研究会のホームページについてだった。

「今日特に話したいのは、ホームページの刷新についてです。
先月から初めてですね、ほら(カメラを指差し)映ってますけど、こうやって録画して、かつ議事録をそのまんまリアルに、紫垣さんに書いてもらうことになりました。
この議事録が大変好評です。予想以上にすごくよかったです。
さらには、ホームページをこの際、刷新しようかと。
もう今のホームページは陳腐化しているんです。
今までトップページに掲げていたのは【土台を固める】でした。
この研究会がスタートして1年目から11年まで、これを目標にやってきました。
目先の売上も大事だけど、その前に土台を固めましょう、根を生やしましょう、と。
しかしそれを刷新し【10年10倍ムーンショット】に変えることにしました。
では、どうしてそういうことになったのかと言うと」

蒼天は、会議室の全員を見渡した。

「あらためて皆さんに、【目標】について伝えたいことがあります」

目標に対する考えかたは2つあります。

1) 改善型の目標
2) 無謀な目標

1)は、「対前年比○%アップしましょう」といった目標の設定の仕方です。
こういう目標設定は、現状延長上に進んでいるときは効果的でした。
だが、今の時代は違います。
1)と2)の決定的な違いは、1)が目標が見えているのに対し、2は見えていない、という違いです。
1)はね、背伸びすれば手が届くイメージ。つまり目に見えています。
2)は「見えていない目標」。だから無謀と言われる。
【10年10倍】は見えていないので、誰にもわからない。

「だから、面白いんです」

力強く言ってから、蒼天はあごを上げた。さらに続ける。

1) は目標の旗を立てますよね。
だから、途中で曲がりくねって紆余曲折しても、目標に向かっていつか旗にたどり着ける。
しかし2)は目標を立てないので、イノベーションを起こさないと到達できません。
そう、つまり皆さんは、2)において全員、同じ場所に立っている。
1)は矢印の方向が捉えられているのに比べて、2)は矢印がどこに向かっているかわからないからです。
いろんな技術を組み合わせてみることで、イノベーションが生まれます。
それを、いちかばちかでやるんです。
ムーンショット計画は【10年後に月面に到達する】と打ち立て8〜9年後に実現しました。
それに我々はチャレンジしようとしている。

「誰も、旗の場所すら何もわかっていません」

そう言って、蒼天はホワイトボードに点線で旗の絵を描いた。
目標が見えていない、という意だ。
蒼天はペンで旗を、つまり【見えない目標】を指し再び口を開いた。
しかし、我々はここへ到達しようとしている。
早い方は5年くらいでいけるかもしれない。
これは一人ひとり違ってくるかと思います。

この目標は、一人では決して到達できません。
これはみんなの取り組み、考え方から斟酌していくんです。
だから「One for All. All for One」です。
業種も、今までのキャリアも、全く違う人達で創っていくんです。
今日も墨田さんと藤崎さんを見ていきますけど、ぜんぜん違うでしょう。

聞いたことはすぐ忘れます。
何を聞いてどんなアドバイスをして、どんな行動をとるのか。

ひとりひとりの道筋が、いったいどうなるかわからない。
しかもそんな記録を残したものはどこにもないんです。世界のどこにも。
だから、その道筋をたどるためには、「議事録」が必要です。
道筋を書いたものである「議事録」が必要なんです。
キーワードは「議事録」なんです。

迂回に迂回を重ねて、どんな道をたどって旗にたどり着いたのか、そのプロセスを追っていくこと。
これは貴重な、貴重な我々の財産です。
1コマ、1コマだけでは、ただの点です。まだわかりません。
でもそれを1年、2年と続けていけば、見えてくるものがあるはずです。

だから議事録を何回も読み返しながら、歩んできた道を振り返りながら、斟酌しながら、見えてくるものがある。

今までの議事録は、非公開に投稿していたし、人によってその精度も違っていた。
ちゃんと書いてくる者もいれば、手抜きの者もいた。
実際はほとんど再現されていなかったし、上がった投稿もfacebookでは流れていってしまうから、ずっと遡らなければならなかった。
だから紫垣さんに、議事録を書いてもらうようにお願いしたんです。
今回、ホームページの刷新にあたり、議事録をホームページに載せます。
議事録をホームページに載せることについては、全員、賛成でよろしいですか?」

朱田が尋ねた。
「議事録って、秘密とか…それがホームページで一般公開されますけど、いいんですか?」
「大丈夫。誰も見てない」
蒼天の断言に、一同笑う。

「今までのホームページは、なるべく多くの人に見てもらおうとしてました。
が、関心のある人だけに見てもらう。我々のやっていることに関心のある人だけにとことん見てもらう。長い長い議事録を読む人は特別関心のある人だけです。そんな人は極めて少ない。一般的なホームページは、できるだけ多くの人に見てもらいこと。研究会のホームページは、関心のある人だけに見てもらうことを狙っています。100打数1安打ではなく、5打数5安打のホームページにすることが狙いです」

緑山が話す。
「会員紹介はいままで通り載せますよね。議事録と突き合わせてみたら、誰が誰かをさしているのかは、別名にしていてもわかってしまう…」
蒼天
「そこまでわざわざ確かめる人はいない。そんな暇な人はいないし、そんなことを気にしていたら、10年10倍ムーンショット計画は実現しない。また、研究会の使命は果たせない」

白石が訊く。
「例えば、話の流れででてくる第三者の固有名詞とかは、ボカしてもらうことってできるんですか?」
「できます」
紫垣が答える。
「作成した議事録は、まず蒼天さんに確認していただきます。
表現内容や、固有名詞などのチェックをしていただいて、修正箇所があったら反映してさらに確認していただきますし、私の判断がつかない箇所も同様に相談して、表現を変えていきます。
そうやって最終OKをいただいたものがアップされる運びになるかと思います」

蒼天がきっぱりと言う。
「私が議事録にすべて目を通します。紫垣さん。プロのライターにちゃんとお金を払って書いてもらいます」

白石が両手を広げ、その場の全員を柔らかく示した。
「僕ら、『書きとめる議事録』は書けても『見せる議事録』は書けませんもんね。
僕、先月参加してなかったんですけど、議事録を読んでいたら、まるでそこにいるかのような感じでした。あれを持ち回りで僕らに書けと言われても、書けません」

数名が、うんうん、と頷き、蒼天も「よかったでしょ。あれ」と白石に同意した。
「彼女文章上手いし、ちゃんとその場の空気を再現してくれるから、当面は彼女にまかせましょう」

白石が続ける。
「会に参加されてない人がたまたまホームページから、あの議事録を見れば、興味ある人ならガーッとくいつくんやないかなと」
「くいついてもろうたらいいんです」と蒼天が返し、一同笑う。

「では、前回の続きから」そう言って司会の紺野が流れを整え、蒼天が席に戻った。
前回の続き。墨田さんの「自分を深く知る」の後半部だ。

 

自分を知る。墨田さんの場合

前回で配った人生グラフの資料を一瞥した墨田が、顔を上げた。
蒼天が、さきほど話した2)に絡めて背中を押すように言う。

「究極な無謀な計画。夢でもええんや。子どもが「宇宙飛行士になりたい」言うような感じでもいいんや。とはいえ、あまりにもかけ離れているのも、あれやな」

「端的に言えば……」

墨田が口を開いた。
「自分そのものをむちゃくちゃに変えたいと思っています。
というのも、前回。「会社を永続させたい」という僕の意見に、そんなんええんや、と言われて、なにも言い返せなかった。
そのことについて、この1ヶ月ずっと考え続けてきました。
会社を続けていく「まず会社ありき」で縛るんじゃなくて、自分がやりたいことをとことんやることなんやな……と。
「永続」という言葉に、逃げている自分に気づけたんです。
もっと自分の可能性に目を向けていこうと、抽象的な考えではあるけど至りました。
あともう一つ。「スキルが49%の人には頼みたくない」と緑山さんに言われて「たしかにそうやな」とも思いました」

墨田がひとつ、息をつく。

「ぼくは、自己肯定が低いところがあります。「上には上がいる」という意識がそう(レベルが49%)言わせたのだけど、その意見をもらって、違う視点を得られました。
僕は、あと、人間関係をもっとよくしたいと思います。
コアな人だけでいい。100人中5人でいい。
「墨田さんがいい」と言われたいです」

今は60人…かな?と首をかしげた墨田に「もっと高い」と蒼天が一言。墨田が微笑む。

「1対1で飲みにいくと変態的な部分も出せるんです。ほんまの僕を出せるときはあるんですけど、それをもっとこう…どうやって磨いていくか、という話ですね。
ムーンショット的な話でいうと、テスラのイーロン・マスク「スペースX」の話があります。飛び立って着地するというロケットを開発することで、たとえば東京からどの地点でも30分で行けるという発想。まるでドラえもんみたいな発想です。
大気圏に出たら、地球の自転の速度を利用して30分後に降りるとそれが叶う。
そんな発想がすごいな、ムーンショットな発想だなと。
その考え方をもっと取り入れたいなと思いました。

紫垣がたずねた。
「さっきおっしゃった、60人というのは?」
墨田が答える。
「僕はあまり敵を作らないので……。感情のままに言わないし」

藤崎が「では、この場ではあまり言わないんですね?」と続け、一同笑った。
笑いがおさまると、墨田はなにか思い出すような視線になった。

「中学高校のときはめーちゃくちゃ短気でした。陸トレのキャプテンやってるときは、後輩をしばき倒す感じでしたね」

「完璧主義な感じ?」
藤崎が訊くと、「そうですね。曲がってるやつが嫌いでした」と墨田が答えた。

「なんで変わったの?」
「うーん。あるとき『リーダーというのはそうやなくてこうや』とアドバイスされて丸くなっていったんです」
「どっちのほうが好きなの?」
「暴力的な自分は嫌です。でも言いたいことを言えない自分も嫌ですね」
墨田の言葉に、藤崎は頷いた。

茶間が、墨田の話を聴いて話し出す。
「社外で一対一で飲みにいってコミュニケーションを積み重ねていくのも、60人から好印象を持たれているのも別にいいんじゃないかな?と思います。
100人中60人から好かれる墨田さんが、さらに自分をだしていくことで、60人の人が減ってもいいと言ってましたよね。
なんというか墨田さんは『かかりつけ工務店さん』、何をもちかけても優しく対応してくれるイメージ、もっと柔らかいイメージだったので……」

墨田が茶間に顔を向けた。
「もちろん、優しくはできるんですけど。
そんななかでも『ほんまやったらこうしましょうよ』と、強く言えない自分がいて」

「それは、言うべきや」
茶間の隣の席で、蒼天がきっぱりと言った。墨田も頷く。
「そうですね。仕事だけでなく」

紫垣がたずねた。
「本来の墨田さんって、ご自身ではどんな自分だと思っていますか?」

墨田が返す。
「本来のぼくは自由やと思います。今は不自由を感じてますけど。
『僕が小さいときにどんな子どもだった?』と親に訊いたことがあるんです。
てっきりぼく、引っ込み思案だと思ってたら、
『あんたは買い物行く時に、バスの中で石川さゆりの演歌を歌ったりしてたわ。人見知りもせず、物怖じもしない子どもやった』と言われてビックリして。
僕、そうやったんや!と……」

石川さゆりをバスの車内で歌いあげる墨田の幼少時を思い浮かべたのか、会議室の空気がふっと和らいだ。

朱田が、ここまでの感想を話す。
「さっき『不自由』とおっしゃいましたけど、きっと今、社長、父親、夫、といった、いろいろな鎧があって剥ぐことも難しいのかもしれないので、無理はしなくてもいいのかなと思いました。時間が経つにつれ、それらの鎧は自然と剥がれていく部分もあると思いますし」

紺野も、続けて感想を話す。
「ここまで話を聴いていて、「開き直り」と「無謀」とは違うよ、と。
墨田さんに自信があって無謀ならいいんじゃないかな、と思います。
単なる開き直りとは違うでしょう。ならいいんじゃない?って」

藤崎が、疑問を唐突に投げかけた。
「あの僕、どうしても気になってることがあって。墨田さん、『かかりつけ工務店』をホントにやりたいのかな?」

墨田は一拍の間をおいて、返した。
「ぼくは、ほんとに、ちっちゃいことから大きいことまで、どの段階でもめちゃくちゃ喜んでもらえるのは、ぼくは嬉しいんです。
でも、そこにもっと自分のカラーをだして、もっと気に入ってもらえるようにと凝縮すると、あぶれていく人もいるだろう。
そうなると、ある程度特化していくことになると思うんです」

藤崎は頷く。
「そうなんですよねぇ。そうなるとどっちつかずになるのはよくないな、と」

蒼天が口を開いた。
「個人として、職業を忘れてな。自分が望む『個人としての自由』ってなんやの? それを考えようや。
なんのしがらみもなかったら? ただの人間として、どうや?
そこで初めてかかりつけ工務店がどうの、の答えが出てくるかもしれん」

「考えたこと、ないですねぇ……」
「ほな、考えまひょ」

黄金(こがね)が、ここまでの感想を話し始めた。

「喜んでもらいたい、役に立ちたい、だから会社を続ける、お客さんを助ける。というのは人にあるものです。正しいこと。
でも、跡継ぎだからとか、それが使命だからとかじゃなくて、『自分が本当は何をやりたいのか』と考える。
でないと、仮面をかぶせて「〜するべき」を優先し続けたら『自分』が死んでいく。自分の野心が死んでいくと思います。個人の夢がつぶれてしまう。
会社を大きくしていくのは『正しいこと』ではあるでしょう。
でも、会社を続けていくのは『ほんとに、自分にとってそれは大事なこと?』って」
そこまで一気に黄金は言い、最後にこう締めくくった。

「墨田さんが『かかりつけ』って言うときに、ぼくは違和感を感じるんです」

黄金のテーブルの向かいで藤崎が、うんうん、と何度も頷く。
墨田がやや体を揺らした。握った右手は口元に置いたまま、考え込む。

黄金が続ける。
「僕もね、今まで正しいことをしよう。いいことをしよう。人の役にたつことをしよう。と言われてずっとやってきました。それが一番正しいことだと思ってたから。
でも、そんなんやって周りを優先してきた結果、周りから『自分のやりたいことって何?』と言われたら、もうね……」

と、言葉を一瞬区切り、
「…何やっていいか、わっっっからへんのです!」

と、苦笑いしておどける彼に、場にいた皆も笑った。

「今の世の中の流れにあったビジネスモデルもある。それにやっぱり、ビジネスを通して人にいいことしたい、とか想いもあると思うんやけど。
ただ一つ思うのは、「後継者をつくろう」と思って動くんじゃなくて、自分が本当にやりたいことをやってたら、その墨田さんの姿を見ていた人から後継者になりたい人が出てくんのやろう、と。
だから、野心についてもっと考えてみたら、ええんちゃう?
今すぐでなくてもいいけど、今の延長上じゃなくて。
60人に好かれなくてええんちゃう?と。でないと、自分とは違う『仮面の自分』を演じることになるんちゃう?と」

場がひととき静まり、蒼天が口を開いた。

「みんな、目的最終のゴールがわからんやろ。今の時点で。僕もふくめて。
自分がいちばんやりたいことがわかってない。そこがポイントや。
今のいろんな立場、人間関係を離れて、きわめて純粋な気持ちでやりたいことを見つける旅かもしれない。
だから今はあちこち寄り道して、頭ぶつけて、それでいいと思う。
今の仕事は忘れましょう、と。やめられないから、やめてないだけ。
今自分がやりたいことを把握することや。
どんなことが向いてるか。どんなことがやりたいか。
そんなんみんなわからへん。でも、年を取っていったらわかる。
すべて捨てて、考えましょうや」

“ なにもわからない。それは皆おなじである。”
蒼天の混沌としつつも、きっぱりと明るい物言いに、会議室に不思議な空気が漂った。

墨田が、すこし姿勢を変えて微笑んだ。

「はい。だいぶ、そう考えられるようになってきました。いまはまだ明確には言えないですけど。…いま浮かんだのは…ラグビーやりたいですね」

ラグビーという一言に、おおっ!と、場が色めく。

墨田がワクワクした表情で続ける。
「なんか、サッカー観ても違うな。ラグビーかな、と。ミーハーかもしれないけど」

紺野がさらに背中を押す。
「うん。ラグビーやりましょう! 墨田さん」

「スクラムハーフやってほしい!笑」
ラグビーに熱をあげている銀天の声が、墨田以上に楽しそうに弾んだ。

紺野が、重ねて言った。
「自分をまったく違うものをやりなさい。って言ってたでしょう。
ラグビーですよ。卓球の次はラグビーですよ」
卓球という言葉に反応して、紺野の隣に座っていた黄金が笑う。

紺野は話を変えた。
「ちなみに、墨田さん。建築の仕事は好きですか? 
例えば僕。たまたま今やってる金属加工は、好きでやってます。
墨田さんは、今の仕事は好きですか?」

墨田は答える。
「小さいときからの刷り込みかもしれないけど、好きです。昔から設計も好きだし、アレルギーもないし」

ここで白石が手を挙げ、ラグビーに関連づけた質問を墨田に投げる。
「ラグビーって、トライするのがゴールですけど、墨田さんはどうでしょう?
ラグビー好きな人って、「自分が」じゃなくて、横の人にパスできます?」

墨田は頷く。
「できますよ。アイスホッケーもしてたんで。チームですから」

白石がさらに掘り下げて訊く。
「うん。それな、墨田建築も同じで。
『俺1週間いないからよろしくな』と、社内にパスをだしていくことができますか?」

「…それは課題ですね。みんながパスしないでそれぞれ突っ込んで行ってたんで」
おそらく予想通りの墨田の返答に、白石はひとつ頷き、話し始めた。

「こないだ僕は2週間入院させてもらってて、その間は社員にまかせてたんですよね。で、帰ってきたら意外と仕事ができてたんです。
今、僕は3時に帰ってるんですけど、次は『かぼちゃ』に続く第二弾を考えてます。
今考えてるのは、ストレスを取り除くやりかた。
僕いなくてもいいやん、と。チームで回るようにする。
…入院していた間、ムーンショットについて考える時間が、一日8時間から10時間くらいたっぷりあったんです。(おお!と場がどよめく。蒼天がニコニコ笑う)
変な話、お金が10倍あったら売上10倍にできる。
でも、そうやなくて『10倍価値のあること』をしよう。
日本でどこもやってないことをしよう、と。
今やってることの価値を、10倍に高めたらどうかとずっと考えていました。
10倍の規模や売上じゃなくて、10倍の価値あることをしよう、と。

白石の隣で銀天が、「価値ってなんですか?」と尋ねると、
「日本でウチしかやっていないことをやるってことです」と白石がはっきり言った。

「たとえば、銀天ベーカリーでしかやっていないパンを売り出せば、高い値段をつけられる。そういうことです」

ふんふん、と銀天が頷き、全員に顔を向けた。
「あ、感想です。
ラグビーはいままで観たスポーツで、一番感動しますね。ミーハーですけど。
どっちが勝ってもいいんです。ほんと、感動しました。
小細工しないところがいいんです。
ガリガリでも太ってても国籍も関係ない。多様性がひとつのスポーツや、と。
それが何より素敵やなと思いました」

それから銀天が、墨田をまっすぐ見て尋ねた。
「自分が自分のことを一番好きか。
それが私にとっては課題なんですけど。墨田さんどうですか?」

「今は、10段階中7ですね」
墨田が答えた。

「昔は4,5とかでした。ゼネコン行ってたときは8やった。
変なプレッシャーがなかったから」

紫垣が尋ねた。
「例えば、なにもしてないときでどれくらいですか?
あれやってるから、という状況や条件は関係なしで」

墨田は少し考えて、言った。
「10ですね。いろいろある自分も含めて、10だな、と」

一同、おお〜、と声が上がる。

朱田が、微笑んで言った。
「ずいぶん前より、リラックスしたように見えます」

「おかげさんで」墨田も微笑む。

そこで蒼天が、資料から目を離しておもむろに言った。
「ひとつ不満があるんや。人生グラフ。もっとジグザグしてほしい。
円熟して、伸びひんのやないかと思う。
いろいろチャレンジしたら、ブレるんや。
上がったり下がったりするもんなんや。それがないのが不満やな」


司会の紺野が、全体に声をかけた。
「まだご意見を言っていない方から、いいですか?」

白石が、口を開いた。
「かかりつけ、ときいたとき、最初むちゃくちゃいいなと思いました。
でも、墨田さんが進化していくごとに、なんかボケていくような感じがしました。
進化してはるから、『かかりつけ』よりもっと今の墨田さんに合うものがあるんやないかな、と。
かかりつけは間口が広い。でも墨田さんのコアをもっと知りたいという面では、ちょっと違和感がある。
藤崎さんはそのへんを言ってるんじゃないかなと」

白石の言葉に、藤崎が頷く。

蒼天がそれについて見解を述べる。
「かかりつけは、その当時は新鮮なコンセプトやった。
でも今はそれがネックになって、それ以上の飛躍が望めないようになっているんじゃないかと。
もっとそれを超えるなにか……
藤崎さんも言ってたけど、これはもうね、陳腐化していくと思う。
君はね、「かかりつけ」では終わらないと思うの」

「はい」と言った墨田が引き締まった顔つきになる。

菖蒲が、手を挙げた。
「あの。私も『かかりつけ』ってどうなんだろう、と思ってたんですけど。
かかりつけや!と、最初に打ち立てたときの話を教えてほしいです」

その質問に、蒼天が代わりに答える。
「昔は一戸建てだったんです。一戸建てを数件建てたら安泰やった。
でも今は違う。戸建ての需要がない。それで業態を変えたんや」

菖蒲が、意見を述べはじめた。
「かかりつけ、という言葉から発想するのは……お客さんだと思うんです。
これまで話をきいていて、『かかりつけ』からもう離れたほうがいいかなと思いました。
『夢を大きく!』という今の状況で、むしろかかりつけというのが足かせになっているような気がすると思うんです」

藤崎がテーブルの向かいで、菖蒲の言葉に頷いている。
朱田が手を挙げた。
「かかりつけという言葉が出てきた当時は、それがちょうど足元を固めるのにしっくりくる表現だったと思うんです。ウチは実際にかかりつけとして面倒見てもらってるんで、やめるんやと聴いたら「え〜」って思うんですけどね」

笑って話す朱田に、「ウチも困るんや」と蒼天が重ねて、皆の笑いを誘った。

菖蒲が話す。
「かかりつけと、夢のミスマッチ感が面白いな、って。
もしかしたら、その次のステージに行くときがきたのかなと感じました」

白石が、意見を述べる。
「墨田さんの雰囲気は変わってないから、『かかりつけ』自体はしっくりくるけど」
「よし! ほなら、こうしましょ」

蒼天が、テーブルを両の手のひらでぱん、と鳴らした。

「つぎのステップの話をききましょう。墨田くん。
そうやな……。次は、6ヶ月後に聞かせてもらいましょう」

紺野が「他に発言していない方?」と声をかけ、向かいの水島が口を開いた。

「『墨田建築』という名前をやめたらいいんじゃないかと思います」

水島の言葉に場がざわつく。
「おおっ」「出た!」と誰かからの声が聞こえる。

「建築、って枠があるから、取ってしまったほうがいいんじゃないかなって」

白石が言った。
「ジャンルを外したら『なに屋?』ってなりません?」

蒼天「それがええんや。なにやるかわからん感じが」

「フジタ企画」
そう言って、朱田が笑う。

黄金が「あやしいなぁ〜」と体を揺らして笑っている。

水島が手振りを入れながら、説明を付け加えた。
「ボクのお客さんで、『山西鉄工所(仮名)』を止めて、『ヤマニシ』にしたんです。
やっぱ、最初はなにやってるかわからないんですけど、いろいろやっていって浸透してくるうちに、しだいに周りも何屋かわかってくるんです。
だから『建築』がなくても戦っていく、っていうのが強みじゃないかなと思います」

墨田が、あごに添えていた手を広げて言った。
「建築という言葉を取ったら、と思ったら、一瞬めちゃめちゃ怖くなった。
今まで、それがあったからやっていけたと思ってたから」

「今の君ならいけると思うで。建築という言葉がなくても。
それだけの地位を築いてるんやから」
蒼天がきっぱりと言う。

「めずらしく採用された!」

おどける水島に、墨田ふくめ全員がどっと笑い、拍手がおこった。

「他、意見頂いていない人は? 緑山さん、お願いします」

紺野の言葉に、緑山が口を開いた。
「さっき、100の60から100の5へ。という話があったと思うんですけど。
ビジネス上で、なのか、個人的ななのか、どっちですか?」

墨田が答える。
「あまり切り分けて考えてなかったですね」

緑山が続ける。
「メモしながら聴いてたんですけど。僕は頭の構造がみなさんや、銀天さんと違ってて、わりきれるものしかわからないんですけど、(え〜〜…、と緑山の隣で銀天が体を揺らす)
100のうち20が「この建築会社なかなかやるな」と思い、10が「この人すごいな」と思い、5人が「この人のためなら一肌ぬぐ」、と話を聴きながら思ってたんです。
朱田さんや蒼天さんは、実際かかりつけのお客さんですよね。
その二人ははたして、100分の5なのか10なのかと……」

「100の1、や。もうここしかないと思ってる」

蒼天の揺るがない一言に、朱田も深く頷いた。

緑山が話す。
「100やった仕事のうち5人が、ええ、と思っていたらいいんじゃないかな、と。
利用者が選ぶんやから」

蒼天が墨田を見ながら言った。
「彼は攻めるところを知ってる。家族全員ファンにする。それが彼の強いところや。
それはそれで、ええとして。
そんな墨田くんが、全て捨ててやってみたいこと、や」

墨田が答えた。
「ラグビーです。すべて捨ててやってみたいことは」

白石が言った。「墨田ジャパンや」
「えっ、そっち?!」朱田が突っ込む。
紺野が腕時計を指差した。「そろそろ休憩しましょうか」

「では。次は6ヶ月後。聞かせてもらいましょう」
そう言って、蒼天が前半戦を締めくくった。

 

藤崎さんを知る

「はい、それでは。『藤崎さんを知る』ということで。
藤崎さんを素っ裸に、真っ裸にしましょう!」
司会の紺野の言葉に、「ひとごとやと思って…」と藤崎が苦笑いする。

会議室の照明を落とし、プロジェクターに映像が映し出された。
「しばし、動画を観ていただいて…」
動画の音声がちいさく、動画視聴を切り上げ、さきほど配られた資料に移った。

「本題にはいります。A3の資料を見てください」
藤崎が資料の内容を、話し始めた。
体のパーツに見立てた藤崎の構成要素を、ひとつひとつ説明していく。

「基本的に私の性格はおとなしくてのんびりや。人とは違うことをしたいタイプ。
小・中・高はハッピーで、大学時代が暗黒の時代でした。
今年で創業20周年になります。後継者に関しては、社員から出てきたらいいなと思います。同族にはイメージがない。子どもは独立してほしい。
あと僕は座右の銘がなくて、気になる言葉、で。
「夢ではなく志」です。
それと…助けられた言葉。(資料を指し)今から5年くらい前です。
蒼天さんに出会い、「大津まで来てみはりまっか?」と言われました。
これが転機になりました。
ほかに今年の状況としては、8.5倍の売上の見込みです。
ただし、です。
我々はプロジェクト方式で仕事しているのですが、独自すぎてきっちりだれでもできる仕事として確立していない、収益として確立できていないこと。これが課題ですね。
理想とする会社像は、社員が幸せになること。
課題は、目的地が見えていないことです。
なんとなくのビジョンは描いているけど、それが本当の目的地なのかはわかっていない。
自分の器を大きくすること、も課題です。
特に、コンサルティングという領域ができると面白いと思っています。
5年くらい前に自分のことを反省して「もっと立派な人間になりたい」と思い、それ以来、人としても成長してきていると思ってはいますが……もっともっと成長したい。
その先にどんなものがあるかは、見えていない。
自分の損得よりも、お客様のこと、チームのことを100%考えて行動すること。
人として尊敬される努力をすること。
いつもいい人を演じていては、相手のためになっていない。
相手のことを思うなら非情なことを言う必要がある。
これは、ここに書いてある雁の例え話を胸に、意識しています。
コンサルティングという領域を考えると、お客さんと対決する場面がでてきます。
お客さんと対決する。まあケンカをするとお客さんから認められる経験もある。そんな軸の通った、仕事の仕方をしたい。
労働時間は誰にも負けないというか……、無駄に長い……というか。
今、けっこうお客様に意見を求められて、業務を変えていくアドバイスをしたり、そこから発展して社員もアドバイスができるような素地ができつつあります。
あとですね、なかなか時間がないなかで日記を書く、というのが。
うーん……、なかなか自分の時間がとれないなかで、日記というか、気づいたことを書くというか。
でも正直、まとまった時間がとれていないです。
日記の、こう、じっくりと考えて、というのは、まだできていない。
相変わらず時間がなくて……読みたい本が、なかなか進まない。
やっぱり時間をつくっていかないといけないな、と。
課題は、この1年くらい前から。社員に仕事を任せて僕は引くようにしていましたら、問題がぽつぽつと発生しました。
僕がやっていたときは発生しなかった。
それはルールとか仕組みを構築していなかったからかなと。
これが定着したら、もっと自分の時間が取れるかな……、と。
最大の課題は。大義ある大いなるビジョンが確立できていないこと。
それと私自身、自分のことをオープンに話すのが、すごく下手です。
自分のことがちゃんと言えているか、自信ないです」

閉会時間が迫ってきていた。藤崎がちょっと笑って、説明を締めくくる。

「ええと、今日はあまり時間がないので…このへんで。
これが私の思いつく限りの、私のことです」

藤崎の発表が終わった。

紺野が司会進行する。
「それでは、藤崎さんをすっぽんぽんにしましょう。では、蒼天さんから」

「あのねぇ。ものっっすごく、わかりにくい」

蒼天がにべもなく言った。
「すごくいろいろ書いていただきましたが、もうね、わかりにくい」

一同、笑った。
蒼天が藤崎に質問する。

「いちばんの大きな課題はなんですか? ヒトコトで」

「うーん……」

「それもわからんの?」

言葉を緩めることなく蒼天が、まっすぐに藤崎を射抜く。

「藤崎さんの一番の大きな課題はなんですか?」

「いっぱいあるんですけど……」

「こういうこと(多くを書かれた資料や課題など)が起こっている元は?」

ここで、白石が口を開いた。
「時間をうまく使えていない?」

蒼天が返す。
「規則正しい生活が、できていない」

藤崎が頷いた。
「そうですね。それが一番の問題。
それができていないと、仕事もプライベートも、よくなるのに時間がかかる。
まずは自分の生活のパターンをつくることですね」

蒼天が言う。
「時間があまったら日記。時間があまったら本を読む。これがあかん。
藤崎くん。まずね、自分の生活パターンをどうするか、詳細に書いてきてください。
朝5時に起きてね、1時間勉強するとしましょうや。
学習は、同じ時間に、同じ場所ですることが大事なんや」

「会社だと、集中できます」藤崎が答えると

「なら会社でやったらええ。
一日の時間割りのなかで、絶対崩さない『コアの部分』をつくる。
コアとは、『自分のための時間』や。
それをやらんと、いつまでたってもこれが続きます。
だから、捨てるところは捨てる、や」

「それが去年でした。営業はするけど現場に行かない、と。
そしたら社員ができていなかったところが…」

「そういうことやない」

藤崎の話を途中でさえぎって、蒼天がピシャリと言う。

「もっと基本的な、骨格的なところや。
ビジョンや。プライベートの骨格と、社長としての骨格や。
それを別々にしてつくらんといかんな。
日記を1時間とれったって、このままじゃ無理。
15分でもいい。書くことを特定するんや。
印象に残ったこと、嬉しかったこと。
心につきささったこと、それだけを15分。それやったらできますな。
それだけを、書きましょうや。
時間のない人は、それだけでいい。
それを半年続けたら、これがもっとまとまりますわ。
自分の感覚がまとまってくれば、取捨選択ができてくる。
それを、次回までにやるんですわ。やってみて」

神妙な顔で聴いている藤崎に、蒼天が続ける。

「それとな。睡眠時間が少ない」

手元の資料には「睡眠時間4時間」と書かれている。

「うああ、自分に言われてるみたいで……痛い…」

銀天が居心地悪そうに、体をもぞもぞさせた。

「銀天さん、何時間寝てるんですか?」
「3時間」

3時間!? 場がざわつく。

「女は3時間でも、もつ」
と、蒼天が言い、笑いとともに場がさらにざわついた。

場の空気を意に介さず、蒼天が続けた。

「あのね、男は、最低でも4.5時間とりましょう。僕のやり方はこうですわ。
前日の就寝準備から、次の日の計画が決まってくる。
眠いと、仕事の精度が高まらない。就寝時間を決める。決めた時間に起きる。
その習慣をみにつけたら、24時間が引き締まります。
4.5時間は『確実に』取ること。
つまり、週で均して4.5時間が平均、というのは駄目です。
それだと、どんどんずれこんでくるんです。最悪や」

蒼天に図星をさされたらしく、藤崎がうなった。
「……ここ半年、ずっとそんな感じです」

「男で4時間は、ないで。よく運転できるな」

「運転しながら寝てます」

「あぶないわ」

蒼天が藤崎の年齢を訊いた。
55歳です、と返す藤崎に、蒼天が言う。

「これから15年、もっと馬力でますわ。
でも、寝らんとな、あと5年でガーッと落ちるわ」

「今決めてるテーマは、『社内の課題は今年中に解決する』ってことで…」
「そんなんどうでもええわ」

バッサリ切る蒼天に、一同笑った。

「優先順位が逆や」蒼天は続けた。

「それを逆にしてたら、さっき言ってた社員の課題も解決できません。
迂回になるかもしれないけど、まず自分の生活を正す。きついかもしれんけど。
優先順位かえましょ。まずは自分や」

朱田が手を挙げた。「いいモデルがいますよ」
皆が朱田を見る。

「白石モデル」

朱田の言葉に、白石さんが「うん」と頷いた。

「では、藤崎さんを半分ぬがしたところで、今回はこのへんで」
紺野が、時計を見てニコッと笑った。


「『藤崎さんを知る』から、急に硬なったんですけど」と白石が言い、
席を立ちながら、藤崎が「硬かったですよねぇ…」と苦笑いした。

「朱田さん流で言うと『おもんない』っていうか」
と、白石が言うと
「…途中、寝てました」と朱田が打ち明け、隣で銀天が「えっ寝てたの?」と驚く。
「うん」と笑う朱田が片手をあげてゴメンのポーズを取り、皆の笑いを誘った。

蒼天が、藤崎を励ますように言った。
「それはな、資料が悪かったんや。資料が悪かったのと、時間がなかった。
資料を読んだだけで終わりかけたからな。来月は、やわらかくしましょう」

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